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神戸地方裁判所 昭和44年(ワ)237号 判決 1970年9月02日

原告

中元秀美

被告

兵庫日優株式会社

ほか一名

主文

被告らは、各自原告に対し金六〇万円及び

これに対する被告会社は昭和四四年三月一六日より、被告藤原は同年同月一九日より、各完済まで年五分の割合による金員を支払え。

原告の被告らに対するその余の請求を棄却する。

訴訟費用を二分し、その一は原告の、その余は被告らの各自負担とする。

この判決は、原告の勝訴部分につき仮に執行することができる。

事実

第一、原告の申立

被告らは各自、原告に対し金二〇〇万円及び右金員に対して被告会社は昭和四四年三月一六日より、被告藤原は同年同月一九日より各完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする旨の判決並びに仮執行の宣言を求める。

第二、原告の請求原因

一、事故の発生

原告(昭和二四年五月生)は、昭和四〇年一二月一九日午後〇時三〇分頃、自動二輪車(以下原告車という)を運転して三木市末広町二丁目一二番地先国道交差点を西進中、折柄被告藤原運転の被告会社保有の軽四輪貨物自動車(以下被告車という)が南より同交差点に進入してきて原告車に衝突し、よつて原告は附近路上にはね飛ばされ、左大腿骨骨折及び下腿擦過傷の傷害を受けた。(以下本件事故という。)

二、被告らの責任

(一)  被告会社は、被告車を保有し、従業員である被告藤原をして自己のために運行の用に供していた際に、本件の事故が発生したのであるから、被告会社は自賠法第三条により、右事故の結果原告の受けた損害を賠償する義務がある。

(二)  被告藤原は、右交差点において右折するに際し、東方道路に対する安全確認を怠つた過失により本件事故を発生させたものであるから、同被告は民法第七〇九条により、右事故の結果原告の受けた損害を賠償する義務がある。

三、原告の損害

原告は、前記傷害を受けた昭和四〇年一二月一九日(事故日)より昭和四一年二月二八日まで(七二日間)三木市所在の藤木病院にて入院治療を、同年五月二〇日より同年六月三〇日まで(四二日間)神戸大学医学部付属病院にて入院治療(骨接合手術等)を受け、さらに昭和四二年五月一二日より同月二一日まで神戸市所在のうすき病院にて入院治療を受けたが完治せず、後遺症として左足の二糎短縮、左膝関節の屈曲障害が残り、ビッコをひき正座は勿論のことアグラを組むこともできない生涯の不具者となつな。原告は以上の傷害により受傷以来多大の肉体的精神的苦痛を受け、右苦痛は将来も継続する。そこで原告の右苦痛に対する慰藉料は後遺障害に対するものを含め金二〇〇万円が相当である。

四、よつて、被告らに対し各自金二〇〇万円及びこれに対する訴状送達の翌日より完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三、被告らの答弁及び抗弁

一、原告の各請求を棄却する旨の判決を求める。

二、請求原因一記載の衝突事故の発生したことは認めるが、傷害の部位程度は不知。請求原因二記載の各責任原因事実及び同三の損害は争う。

三、抗弁

(1)  被告会社及び被告藤原は、昭和四一年三月原告との間で、治療費、付添費等計二二万三〇二〇円、休業補償費八万五〇〇〇円、慰藉料五万円、原告車の修理費三万四四八〇円、以上合計三九万二五〇〇円を被告らより原告に支払うことにより一切解決すべき旨の示談契約が成立し、被告らにおいて右示談金を支払つた。

(2)  被告会社は、原告に対して右の示談成立以後右示談金以外にあんま代、神戸大学付属病院、藤木病院、うすき病院に対する各入院費、治療費、付添費計二〇万一八六七円及び休業補償として金六万円を支払つた。

(3)  本件事故の発生につき、原告にも次のような過失があるから、賠償額の算定上右の過失を斟酌すべきである。すなわち、原告は衝突地点の手前約三〇米の地点で南より本件の交差点に進入しようとしている被告車を認めたが、被告車が停車して原告車の進行を待つものと軽信し、被告車の動向を注意しないまま交差点に進入した過失がある。

第四、被告らの抗弁に対する原告の認否

一、被告らとの間で示談契約が成立し、被告らがその主張の治療費、付添費、原告車の修理費並びに休業補償及び慰藉料として金一〇万円を支払つたことは認める。それを超える金額及びその余の主張は否認する。右の示談には原告の後遺障害に対する補償は含まれていない。

二、被告会社主張のその余の支払額は争う。

三、被告ら主張の、原告の過失は否認する。

第五、〔証拠関係略〕

理由

一、本件事故の発生

請求原因一記載の本件事故の発生した事実は、原告の受けた傷害の部位程度を除き、各当事者間に争いがなく、〔証拠略〕によれば、原告は本件事故のため左大腿骨骨折、下腿擦過傷の傷害を受け、昭和四〇年一二月一九日(事故日)から昭和四一年二月二八日まで(七二日間)三木市所在の藤木病院にて入院治療を、つぎに昭和四一年五月二〇日より同年六月三〇日まで(四二日間)神戸大学医学部付属病院にて入院治療(骨接合術施行)を、さらに昭和四二年五月一二日より同月二一日まで(一〇日間)神戸市灘区桜口町所在のうすき病院にて入院治療を受けたこと、しかるに左足が右足に比べ二糎短縮し、左膝関節の運動障害(伸展一八〇度、屈曲五〇度)を残すに至り、歩行はびつことなり正座は勿論のことアグラを組むことも困難であること、そして寒い季節には右の患部が痛むことが認められる。

二、被告らの責任

(一)〔証拠略〕によれば、被告会社は化粧品の販売を業とし本件の被告車を保有し、従業員である被告藤原をして自己のために運行の用に供していたことが認められるので、被告会社は自賠法第三条により本件事故による原告の損害を賠償する義務がある。

(二)  〔証拠略〕を合わせをと、本件の事故現場は東西に走る幅六・五米の国道と南方より右道路に至る幅約三米の道路とが接するT字型の交差点であつて、相互に見透しのよいところであるが、被告藤原は南から北上し右交差点で右折東進しようとしたが、かような場合自動車運転者としては、東方から進行してくる車両の有無を確かめ安全を確認した上で進行すべき注意義務があるにも拘らず、これを怠り西方のみを見て東方の安全を確認しないまま右折しようとした過失の存することが認められるので、同被告は民法第七〇九条により本件事故による原告の損害を賠償する義務がある。

三、被告らの抗弁

(一)  示談の成立

被告らと原告との間に昭和四一年三月被告ら主張(但し支払われた休業補償、慰藉料の額と一切解決したとの主張事実を除く)の示談契約が成立し、被告らにおいて右成立までの治療費、付添費等計二二万三〇二〇円、原告車の修理代三万四四八〇円を支払つたことは当事者間に争がなく、〔証拠略〕によれば右の示談が確定的に成立した日は昭和四一年三月一八日であり、右示談で定められた休業補償費は金八万五〇〇〇円、慰藉料は金五万円であることが認められる。さらに〔証拠略〕を綜合すれば、被告会社は右示談金額の内既に支払済のものを控除した残額一三万五〇〇〇円の支払をしたこと、右示談成立の際関係者は、原告の傷害は以後通院治療を要するとしてもそのまま後遺障害を残すことなく完治するものと考えており、さらに再入院再手術を必要とすること及び後遺障害の残るべきことは予想していなかつたことが認められるので、右の示談契約はその成立以後に生じた前記再入院再手術による損害、後遺障害に対する損害については、その対象となつていないものと解すべきである。また右示談書(乙第一、第二号証)には「今後如何なる事情が発生しても一切要求をしない」旨の権利放棄文言が印刷されているけれども、〔証拠略〕により認められる。原告が右示談成立以後に要した神戸大学付属病院の入院経費及び付添費、うすき病院の入院経費を被告会社において支払つている事実に照らせば、右の放棄文言は当時予見しえなかつた前記再入院、再手術による損害及び後遺障害に対する損害についてまでその放棄を約したものとは解しえない。

(二)  過失相殺

被告らは原告の過失を主張するけれども、本件事故現場の道路状況は前記二(二)で判断したとおりであつて、原告の進行していた東西の国道は南方道路の幅員よりも明らかに広いのであるから、原告において、被告車が停車して原告車の通過を待つものと期待したことには相当性がある(道交法第三六条第三七条)ものというべく、他に原告の過失を認むべき証拠はない。

(三)  被告会社主張のその余の支払額は、原告が本訴で請求する慰藉料についての弁済には当らない。

四、原告の慰藉料

原告が本件事故により受けた傷害の部位程度とその治療経過並びに後遺障害の部位程度は、前記一で認定したとおりである。そして右事実によれば、原告は右傷害のため治療期間中は少なからぬ肉体的精神的苦痛を受け、更に右の後遺障害のため生涯にわたり生活上の不自由と苦痛を受けるであろうことが推認される。

ところで原告は、右苦痛に対する受傷以後の慰藉料を請求するけれども、前に判断したとおり(三(一))昭和四一年三月一八日原告と被告会社間に成立した示談契約により同日までの苦痛に対する慰藉料は金五万円の支払により解決され、それまでの間における慰藉料請求権(権利の一部)は五万円の限度で消滅したものといわなければならない。そこで右示談成立以後に生じた前記再入院(神戸大学病院、うすき病院)再手術及びそれにも拘らず残存するに至つた前記後遺障害による肉体的精神的苦痛に対する慰藉料の額は、原告の年令、性別、障害の部位程度、本件事故の態様等諸般の事情を考慮し金六〇万円と算定する。

五、結び

よつて、被告らは各自原告に対し金六〇万円及びこれに対する被告会社は昭和四四年三月一六日より、被告藤原は同年同月一九日(訴状送達の翌日)より各完済まで年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務を有するものと認め、原告の本訴請求を右の限度で認容し、その余の請求は理由がないと認め棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行宣言につき同法第一九六条第一項を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 原田久太郎)

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